みなさんこんにちは!
当サイト、なごみにゅーすの管理者のなごみです。
最近は朝活にハマっており、記事も朝に書くことが増えました。
寒いですが早朝に作業をすると頭がすっきりしていて良いですよ!
…さて、今回もクマ問題に関わる特集記事の続きとなります。
クマを守りたい人たちは、何を目指しているのでしょう?
第1弾の記事では「日本熊森協会ってどんな団体?」、そして第2弾では「クマ出没問題と奥山の危機」について、熊森協会の視点を中心としてご紹介してきました。
第3弾となる今回の記事では、もう少し踏み込んで「日本熊森協会って、どうしてこんなに賛否が分かれるの?」というテーマについて、”やさしく”整理してみたいと思います。
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どんな点が支持されているのか
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どんな点に批判(苦情)や疑問が向けられているのか
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その背景に、どんな“考え方の違い”が隠れているのか
このあたりを、決して誰かを悪者にするためではなく、「論点の地図を描く」つもりで見ていきます。
※第2弾の記事をまだお読みでない方はこちらからどうぞ!


・熊に関する諸問題を真剣に考えたい人
・動物愛護について考えたい人
・様々な動物の実態に興味がある人
・自然環境について考えたい人
なぜここまで議論・苦情がヒートアップするの?
クマの問題って、「野生動物の話」であると同時に、人の命や暮らしに直結する話でもあります。
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山菜を採りに行ってクマに襲われた人
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農作物や家畜に被害を受けている人
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一方で、「クマも人間に振り回されている被害者では?」と感じる人
いろいろな立場や思いがあるので、どうしても感情が動きやすいテーマなんですよね。
最近は、クマによる人身被害や住宅地への出没が増えたことで、
「もっと早く駆除すべきだ!」
「いや、殺さない方法を考えるべきだ!」
と、各々の意見がぶつかりやすい状況になっています。
そんな中で、クマをシンボルとして「クマの命を大切にする」という価値観を明確に体現する団体として目立ってきたのが、一般財団法人 日本熊森協会でした。
その結果、
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「よくぞ声を上げてくれた」と感じる人(動物愛護を強く訴求したい層)
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「現場の苦労を知らない理想論では」と感じる人(現場で日々クマの脅威・対応に追われる層)
両方の感情を一身に集める“的のような存在”になってしまっている、という面が考えられます。

熊森協会への主な評価・支持
物事の賛否を語るとき、私はいきなり批判の立場から入ると、どうしても後の見え方が偏ってしまうのではないかと考えています。
なので、熊森協会が「ここは確かにすごいよね」と言われている部分から整理してみます。
奥山の森を守る“実践派”の団体であること
熊森協会は、ただ意見を発信しているだけの団体ではありません。
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放置された人工林の間伐や植樹
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クマの棲む森林を買い取って保全するナショナル・トラスト
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現場に何度も通いながら、奥山の水源林を再生していく活動
こうした「山に入って現場で汗をかくタイプ」の活動を、何年も続けてきた団体です。
そのため、
「ちゃんと足で歩きながら物を言っている団体だ」
と評価する自然保護関係者や研究者も少なくありません。
捕殺に傾きがちな流れへの“ブレーキ役”
クマ被害のニュースが増えると、世論はどうしても
「危ないなら、クマを駆除してしまえばいい」
という方向に傾きがちです。
しかし熊森協会は、
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「数を減らすだけの対策では、同じことが繰り返される」
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「税金は、クマと人が出会いにくい環境づくり(ゴミ・放置果樹の管理、電気柵、奥山の再生など)にもっと使うべきだ」
といった要望を、国や自治体に対して粘り強く出し続けています。
つまり、熊森協会は「捕殺強化しか選択肢がないような空気」に対して、「他の選択肢もあるんじゃない?」と具体的に提案し続けている、重要な存在とも言えます。
クマに共感を覚える人の“出口”になっている
クマ被害のニュースを見て、
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被害に遭った人や地域のことを思って胸が痛くなる
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それと同時に、「人間の都合で山を変えてきたのは私たちだよね……」とも感じてしまう
という、複雑な感情を抱く人も多いと思います。
ただ、それをそのまま口にすると、「被害者の気持ちが分かっていない」と受け取られてしまう不安もあります。
特にも現代はSNSが発達し、誰でも気軽に思ったことを発信できるようになりました。私はXでクマ問題についての発信を調べたのですが、クマの捕殺に反対の立場の人に対して攻撃的な発言も見られ胸が痛みました。
そんな中熊森協会は、
「クマもまた被害者だよね」「優しい解決策を探したいよね」
という気持ちを、少し安心して預けられる存在になっているようにも見えます。

熊森協会への主な批判・疑問
…それでは、ここからは熊森協会に寄せられている批判や疑問を取り上げていきましょう。
賞賛の声が集まる一方で、もっとも根強い疑問のひとつが、
「熊森協会は、人の命や地域の不安を軽く見ているのでは?」
という内容です。
駆除現場に行くことへの賛否
これまでの報道の中には、
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駆除される予定のクマがいる現場に、熊森協会のメンバーが駆けつける
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「山に返せないか」「なんとか生かす方法はないか」と訴える
といった場面が、何度か取り上げられてきました。
※代表例としては、2023年10月に秋田県美郷町で捕獲された親子グマについて、協会側が現地に赴き、放獣を求めました。最悪の場合は協会側で引き取りの手配まで行っていたと主張しています。しかし、その訴えは届かずクマは駆除されました。
熊森協会側は、
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「抗議」ではなく、「助けをお願いしに行ったつもりだった」
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「住民の安全が確保された後で、他の選択肢がないか話し合えないか、という思いだった」
と説明しています。
あくまで抗議ではなく、頭を下げて親子グマの救命のお願いをした、ということですね。
これは被害に直面している地域の人からすると、
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「外から来た人に、現場の判断をとやかく言われたように感じた」
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「自分たちの不安や恐怖を軽く扱われた気がする」
と受け取られる可能性もあり、一部では「人命軽視なのでは?」という強い反発を生むことにつながってしまいました。
熊森協会の「誤解への反論」
熊森協会は自分たちへの批判や誤解が広がっていることも自覚していて、公式サイトなどで
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人の命や安全を軽んじているつもりはまったくないこと
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行政への抗議電話や過激な行動を、会として指示したことはないこと
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被害地の人たちの気持ちも尊重しながら、別の道がないか考えたいと思っていること
を、繰り返し説明しています。
それでもなお、批判側の人たちとの「温度差」が埋まっていない。
ここが、大きなすれ違いのポイントなのかもしれません。
お互いの主張をしっかり受け止めあうことで、より良い方向に向かうと思いたいところですが…。

論理性に対する疑問
次によく挙げられる疑問としては、
「熊森の提案には、論理的におかしなところがあるのでは?」
というタイプの批判です。
たとえば、
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「罠がクマを里に呼び寄せている」とする説明
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「棲み分けたいと言いながら、人里近くの柿をある程度許容するような表現」
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「今日明日の危機の話をしている場面で、数十年スパンの植樹の話が前面に出てくる」
などが、「現場の感覚とずれている」と指摘されてきました。
具体的には、捕獲用の罠(箱罠など)の設置は、通常は里に出てきたクマを再び里に出られないように排除する(学習させる、または駆除・移送する)ことを目的としています。
罠がクマを里に呼び寄せる、という主張は「クマの学習行動」や「罠の実際の設置目的」と矛盾するため、現場の感覚や生態学的な見地と大きくズレているという指摘を受けています。
こうした批判は、感情的な「熊森協会が嫌い!」というよりも
「短期の危機管理」と「長期の環境づくり」を、もう少しきちんと分けて語ったほうが、現場と話が噛み合うのでは?
という、建設的な問題提起として読むこともできます。
私としては、このタイプの批判はむしろ熊森協会の活動がより良いものになっていくために必要なものだと考えています。
もう昨今は毎日が危機の連続なので、それはそれでしっかりと対策を講じ、その上で中長期の環境作りを継続していくのが基本線なのではないでしょうか。
「緑の回廊」や政策への向き合い方
クマの生息地をつなぐ「緑の回廊(エコロジカル・ネットワーク)」についても、考え方の違いがあります。
「緑の回廊」は、分断された森林や生息地を繋ぎ、野生生物の移動を可能にして種の多様性を保全するための手法なのですが、熊森協会は、回廊整備の仕方によってはかえって人との軋轢(あつれき)を増すのではないか、と警戒している部分もあるようです。
一方で、生態学の研究者の中には、「きちんと計画された回廊がないと、むしろ無秩序な開発で森がバラバラになってしまう」と考える人もいます。
どちらも「自然を守りたい」という目的は同じなのに、「そのための道筋」や「リスクの見方」が違うことで、意見がぶつかっているイメージです。
抗議活動とSNS時代の「炎上」
もうひとつ、ややこしいのがSNSの問題です。
クマの駆除をめぐっては、
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自治体や猟友会に対して、心ない言葉で電話やメールをする人
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SNS上で、個人を名指しで責め立てる人
がいることが報じられています。
その一部が、
「熊森協会の会員ではないか」
「熊森協会があおっているのではないか」
と憶測で語られてしまうこともあり、団体のイメージがさらに悪化する、という悪循環も起きています。
熊森協会は、
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そうした過激な抗議を公式に指示したことはない
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行政の業務を妨げるような行為はやめてほしい
と繰り返し発信していますが、一度ついたイメージを修正するのはやはり簡単ではありません。
これについては、もう完全に個々人のマナーやモラルの欠如が原因だと思います。
建設的ではない誹謗中傷は、やめましょう。

熊森協会自身は、どういう立場だと言っているの?
ここまで「外側からの評価」を見てきましたが、当の熊森協会は、自分たちをどう位置づけているのでしょうか?
公式の文章などを読むと、熊森協会は自分たちを
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「クマをシンボルにした、奥山水源の森の保全・再生団体」
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「自然のしくみを回復させることで、人も含めた生き物みんなが生きやすい環境を残したい団体」
として紹介しています。
そして、繰り返し出てくるキーワードが、
「やさしい解決法がいちばん優れている」
という言葉です。
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クマだけが大事、と言いたいわけではない
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人の命や暮らしも守りながら、クマも森も守る道を探したい
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そのために、今の制度や予算の使い方を少しずつ変えていきたい
ざっくりまとめると、こんなスタンスなのかな、と思います。
出典:https://www.youtube.com/watch?v=lgL6RH9YVro
チャンネル名:ABEMA Prime #アベプラ【公式】 様
↑クマとの共生を考える上で、熊森協会の北海道支部長の鈴木ひかるさんが、他の出演者と議論を交わしている動画を見つけました。
個人的には、猫を数匹飼っていた経験から「クマの性質には個体差がある」はたしかにそうだろうと思うものの、人的被害を防ぐための現実的な手段は、実行していかなくてはならないのが現状かなと感じます。
「論点マップ」を描いてみよう
どこで考え方が分かれているのか?
賛否の声をあれこれ眺めてみると、根っこにある“考え方の違い”は、だいたい以下の4つの軸に集約できそうです。
「今日・明日の命」か、「10年・30年先の森」か
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今日・明日の人命を守ることを、何より優先したい立場
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もちろんそれも大切だけれど、森や生息地を変えない限り同じことが起き続ける、という立場
本来はどちらも必要なのですが、議論の場では、どちらか一方だけが強く語られてしまうことがあります。
「個々のクマ」か、「集団としてのクマ」か
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目の前の1頭のクマの命を、できるだけ救いたいという感情
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地域ごとの個体数が増えすぎれば、どうしても人との衝突が増えるという現実
どちらかが正義で、どちらかが悪、という話ではなく、「個の命」と「集団としての管理」をどう両立させるかが、これからの大きなテーマではないでしょうか。
「山側の事情」か、「里側の事情」か
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奥山の人工林化や開発、気候変動など、山側の変化を重く見る立場
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放置された柿の木やゴミ、中山間地の過疎化など、里側の環境を重く見る立場
実際には、両方が絡み合って今の状況が生まれています。「山のせい」「里のせい」と犯人探しをするよりも、「山と里の両方を、どう少しずつ整えていけるか」を考えるほうが、建設的なのかなと思います。
感情とデータを、どういっしょに扱うか
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「クマがかわいそう」「人間だってつらい」
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「データで見れば〇〇だ」
どちらも大事な情報です。
感情を排除して冷たくなる必要もないし、データを無視して感情だけで走るのも、やっぱり危うい。
「心が動いたときに、少しだけ数字や背景も見てみる」
何事にも大切なことだと思うのですが、このバランス感覚を、社会全体でどう育てていくか。
もしかしたら、熊森協会をめぐる議論はその練習の場にもなっているのかもしれません。
読者として、どう向き合えばいいんだろう?
ここまで読んで、
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「やっぱり熊森協会の存在は大事だな」
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「批判している人たちの気持ちもわかるな」
と、いろいろな感想が湧いていることと思います。
読者としてできることは、そんなに難しいことではなくて
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情報源をひとつに絞らないこと
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熊森協会の発信も、批判的な記事や現場の声のそれぞれに目を通してみる。
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誰かひとりを悪者に決めつけないこと
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被害にあった人、駆除に携わる人、クマを守りたい人。立場は違っても、それぞれに「守りたいもの」があるはずです。それぞれの立場を尊重しましょう。
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短期と長期を頭の中で分けて考えてみること
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「今そこにいるクマをどうするか」という短期の話と、
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「10年後、30年後にどんな森と地域にしたいか」という長期の話。
この二つを、大別して整理していくだけでも見え方はかなり変わってきて、建設的な議論が出来るようになると考えます。

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まとめと所感
日本熊森協会をめぐる賛否は、クマ問題もしくは自然との付き合い方そのものの困難さをそのまま映した、ひとつの鏡のようにも思えました。
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クマの命
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人の命と暮らし
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森や水、地域の未来
本来は、どれも大事なものなんですよね。
だからこそ、
「どれか一つだけを守る」のではなく、「どうすれば全部を少しでも守れるか」
を、様々な立場を超えて一緒に考えていく必要があるのだと思います。
今回の第3弾ではあえて、「どちらが正しいか」を決めて偏る内容にせず、賛否のポイントを並べてみました。
次回の第4弾記事ではもう少し視線を下げて、
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現場で活動しているボランティアや支部の人たちのこと
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会員として・寄付として・日常の中で、どう熊森協会を応援できるのか
といった、「私たち一人ひとりにできること」にフォーカスしていく予定です。
クマのニュースを見たときに、少しだけ奥山の森や、そこに関わる人たちの姿を思い浮かべてもらえたら、今取り組んでいる特集を書いている意味があるなあ…と元気をいただけますので
ぜひ、コメントや応援の声などもいただけますと幸いです。
建設的な批判も歓迎します。
引き続きよろしくお願いいたします。




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